2020年4月6日
日頃よりクラシック音楽とオーケストラの演奏活動に深いご理解と多大なご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて皆様ご承知の通り、新型コロナウィルスへの感染が世界的に急拡大し、日本も厳しい状況に晒されております。その影響は経済活動や社会生活の随所に及んでいますが、我が国のプロフェショナル・オーケストラも極めて深刻な事態に直面しております。
そこで、公益社団法人 日本オーケストラ連盟の会員37団体(準会員を含む)の総意として、ここに音楽ファンの皆様、さまざまな支援や応援を頂いている国(所管官庁)、地方公共団体、企業・団体、個人のすべての皆様に向けて、連盟としての緊急のメッセージをお伝えさせていただきたいと存じます。
メッセージの要点
まずは、新型コロナウィルスへの感染防止の趣旨から公演中止等が相次いでいることについて、当連盟の会員オーケストラを代表して、ファンの皆様にお詫び申し上げます。感染防止への取組みは社会全体が一致して注力すべき優先課題であり、この認識の下、苦渋の決断ではありますが、多数のオーケストラが予定していた公演を中止ないし延期し、あるいは無聴衆での演奏・配信という形態を採っています。国や地方公共団体からの大規模イベント自粛の要請を受けたものでもありますが、公演を楽しみにして下さっていたファンの皆様の期待にお応えできない結果となり、大変申し訳なく存じております。
公演の中止・延期は、ファンの皆様の落胆だけでなく、主催者・演奏者の側にも甚大な影響を及ぼします。プロフェショナル・オーケストラの運営は、多くの方々にご支援を頂いて行われていますが、基本的には演奏会を行なうことによって得られる入場料収入によって支えられており、演奏者への報酬、会場の設営、事前の準備なども、大部分が公演収入によって賄われています。公演の中止が続くことは、オーケストラの活動を支える柱である収益が断たれることを意味し、活動の継続、ひいては演奏団体としての存続そのものが危機に晒されることになります。オーケストラの多くは公益財団法人ないし公益社団法人であるため、収入と支出を均衡させなければならない「収支相償の原則」で運営されており、利益を蓄えておくことができません。財政基盤が失われれば解散を余儀なくされる可能性も否定しきれません。
演奏団体のみならず個々の演奏者も危機に直面しています。演奏者の多くはオーケストラとの雇用契約の下で演奏に従事していますが、相当数の演奏者がフリーランスとして参加しています。フリーランスの演奏者は演奏機会が失われれば直ちに収入を失う事態となりますし、雇用契約の場合でも所属団体の存続が危うくなれば仕事を失うリスクに直面します。プロの演奏家は、長年にわたる高度の専門的な教育と修練を経て才能を花開かせ、日頃の研鑽に努めながら良質の演奏を提供しています。このような演奏者の皆さんが、生活基盤を失い芸術活動から退いてしまうとしたら、社会全体の音楽芸術の基盤が失われることにつながりかねず、計り知れない社会的損失となるでしょう。
今回の感染症危機の深刻さのひとつは、それがいつ終息するかの目安を(現時点で)持てていないことです。「明けない夜はない」とは、窮地での励ましとなる言葉ですが、夜が明けたときに演奏団体や演奏者が存続していないようなことになっては元も子もありません。明けた朝が直ちに快晴となることを期待するのは難しいかもしれませんが、曇り空や雨空の下であっても、芸術活動が速やかに再開され、音楽ファンの皆様とともに従前の活力を取り戻す確かな歩みが進められることが肝要です。
終息の目安が持てないことは、新型ウィルスとの戦いが長期戦になる可能性にも備えなければならないことを意味します。有効なワクチンや治療薬が一日も早く開発・発見されることが期待されますが、それまでの間、一律に一切の大規模イベントが禁止されるといった状況が続くことはぜひとも避けたいところです。一定程度の感染者が存在するという現実を踏まえながらも、最善の予防策を講じるなどしつつ何らかの形で演奏活動とその現実とを共存させる道を探ることも、今後考えるべきプラグマティックな対応かもしれません。
このような状況下、各オーケストラは最大限の自助努力を行っておりますが、このかつて経験したことのない危機的状況のもとでは、自助努力だけでは解決できない程度にまで問題が深刻化しつつあることも事実です。演奏団体と演奏者がこの危機を乗り越えて存続していくことができますよう、これまでご支援いただいてきた企業・団体の皆様には、厳しい状況の下とは存じますが、引き続きのご支援をお願い申し上げますとともに、所管官庁である文化庁をはじめ、国や地方公共団体の財政出動による緊急のご支援や、幅広い個人の皆様からのご支援など、演奏団体の存続と活動の継続に向け、従前にも増して強力なご支援を賜りますよう切にお願い申し上げる次第です。
制度面でも緊要な課題があります。現行の公益法人制度では、上記のように各法人に収支相償が義務づけられ、緊急時に備えた内部留保を持ち得ないという実情にあります。また、2年連続で純資産が300万円未満となった場合には公益財団法人としての資格を喪失する、というルールも存在しています。今般の危機を契機に、これらの枠組みについてはその見直しを真剣に検討すべきですし、少なくとも緊急時における一定期間、その適用を猶予する手当てを是非とも早期に実現していただきたいと考えます。
イベントの催行についても、長期戦に備え、地域ごとの状況や個々のイベントの性格なども加味した、きめ細かいガイドラインの策定が望まれます。一律の全面的自粛ではなく、例えば、感染者が減り完治者が増えている地域では、個別に「密室・密集・密接」に該当しないイベントを催行する判断もありうるところかと思います。
芸術活動は、衣食住のような生活の基礎的条件とは異なりますが、我々の心を潤し暮らしを豊かにするという意味で、やはり無くてはならない存在です。良質の音楽は、われわれの停滞した気持ちを目覚めさせ、喜ばしい機会には楽しさを増幅し、不安に揺らぐ心を静め、悲しみに沈む魂に癒しをもたらしてくれます。
とりわけ音楽の醍醐味は生演奏にあると思います。演奏会場という同じ空間にあって、演奏者と聴衆が豊かな響きの中で一体化し、感動を共有できるのは素晴らしいことです。
音楽は人の心に直接働きかけます。順境にあっても逆境にあっても、変わることのない恵みをもたらしてくれるのが音楽だと思います。世の中の雰囲気が委縮しているときにも、そこに潤いをもたらすことができるのではないでしょうか。その価値は、逆境でこそ強く感じられるものかもしれません。
これまで当連盟の会員オーケストラは、定期演奏会などコンサートホールでの公演に加え、東日本大震災をはじめ大規模自然災害に遭われた被災者の皆様に、現地で音楽を届けるという取組みを行ってきました。文化庁からの委託事業で、全国の小中学校に各オーケストラの団員が手分けして出かけていき、子どもたちに生の演奏を聴いてもらうという活動も継続的に実施してきています。
各オーケストラは、良質の音楽を届けるという原点を忘れることなく、現在の危機的状況にあっても、工夫しながらその社会的役割を果たすべく努力しています。無観客(無聴衆)での演奏会を実施しその模様を放送やインターネットで配信するなどの取組みも行っております。現在のパンデミックが落ち着くまでの間、活動水準は多少下がらざるを得ませんが、その先を睨んで精進を続け、条件が整い次第、音楽ファンの皆様のニーズに応えるという大きな使命を十二分に果たしていけるよう準備してまいりたいと思っています。
改めて、今ここにある危機とオーケストラを取りまく逆境についてご理解を賜りますとともに、なお一層のご支援・ご協力を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
公益社団法人日本オーケストラ連盟
理事長 佐藤 隆文