AOW10月6日(水)東京フィル指揮の三ツ橋敬子インタビュー
希望に向かって蘇る!
三ツ橋敬子が贈る冨田勲トリビュート
「ストーリーのある音楽の東京フィルは最高です」
「アジア オーケストラ ウィーク10月6日」で東京フィルハーモニー交響楽団を指揮する三ツ橋敬子に、公演について語ってもらった。
聞き手・文:宮本明(音楽ライター)
ステージで見るよりも小柄な印象。でもその小さな身体からつねにエネルギーが奔り出ているような、溌剌と明るい人だ。クラシック音楽界では比較的珍しいアウトドア派。船舶免許を所持して海を愛するアクティブな指揮者でもある。
今回、三ツ橋&東京フィルが携えてきたのは、没後5年の作曲家・冨田勲へのトリビュートという独創的なプログラムだ。
「冨田先生には生前に一度だけお目にかかったことがあります。ものすごく緊張して出かけていったのですが、とても気さくに話しかけてくださいました。物静かに、でもとても熱心に音楽を語られる方で、その情熱に引き込まれる感覚でした。無邪気におにぎりを頬張っていらしたのも忘れられません」
冨田勲(1932~2016)は1974年、シンセサイザーで制作した『月の光』を発表して日本人として初めてグラミー賞にノミネートされた。以後シンセサイザー音楽の世界的巨匠として活躍する一方、TV・映画の音楽から純音楽まで夥しい数の作品を残した。NHK『きょうの料理』や『新日本紀行』のテーマ曲など、作曲者名は知らなくてもその音楽が脳に刷り込まれている作品は多いはず。晩年にはボーカロイド・初音ミクをソリストとして用いた異色作『イーハトーヴ交響曲』も大きな話題を呼んだ。
「あらためていろいろな作品を聴いてみて、音色、つまり空気感をどのように音にするかというアプローチに、非常に長けた作曲家だなという感覚を抱きました。
たとえば今回の交響詩《ジャングル大帝》でも、それぞれの場面の音を、どんな音色・質感で描くのかというロジックが、ものすごくしっかりしているという印象です。時代が現代音楽に向かっていくなか、奏法の効果や音の組み立て方の操作にフォーカスする作曲法とは一線を画した、特異な存在だったのがわかります」
演奏曲の交響詩《ジャングル大帝》は、手塚治虫の同名アニメ(1965)の音楽による管弦楽作品。現在50~60歳代のシニアたちが少年少女時代に熱中した『リボンの騎士』『キャプテンウルトラ』『ビッグX』『名犬ラッシー』といった子供番組の音楽も冨田勲作曲だ。
《月の光》《火の鳥》は、冨田のシンセサイザー作品の代表作となった音楽。もちろん当夜は原曲をオーケストラで演奏するのだけれど、《月の光》はとくに、冨田が実際にインスピレーションを得たというストコフスキー編曲を用いての演奏とのこと。
《ドクター・コッペリウス》は、生前の冨田の構想に基づき補完された遺作で、終楽章「日の出」は先の東京オリンピック開会式の聖火点灯シーンでも流れた。
「火の鳥が象徴する不死鳥=蘇るというテーマが、演奏会全体の核になっています。《ジャングル大帝》の陽が昇る情景から始まり、月の光を挟んで、闇から始まる《火の鳥》。そして最後に「日の出」で、本当に感動的なクレッシェンドから、また陽が昇ります。ひとつの大きな波を作って希望に向かうストーリーです。《ジャングル大帝》ではバリトンの大山大輔さんの歌と語りも入るので、何が起こっている場面なのかを客席のみなさんにも共有していただけます。物語の温度や空気感が、さらに具体的に感じられるのではないでしょうか」
そして、こういうストーリー性のあるプログラムでの東京フィルはひときわ抜きん出ていると力を込める。
「東フィルさんはオペラやバレエを得意としていますから、ストーリーのある音楽にどのように寄り添っていけばいいのかをよくご存知なのです。たとえば歌曲の伴奏のリハーサルで、テキストを知らない状態で初めて音を出したときと、歌詞の内容をひとこと話したあとでは、本当にガラッと音が変わるんですよ。ファンタジーをきちっと膨らませて音にするというスキルが、みなさんお一人お一人に備わっているんですね。本当に素晴らしいなといつも感じています。
東フィルさんは団員数が非常に多いので(136名 ※2021年1月1日現在)、出演メンバーによって毎回キャラクターが違う、一期一会のような楽しさがあります。それがヴァリエーション豊かな音楽作りにもつながっていると思いますし、一人ひとりが聴き合って、全体がどこに向かうのかを瞬時に判断する俊敏性も生んでいると思います」
冨田ワールドにスポットライトを当てつつ、ジャングル大帝からストラヴィンスキーまで、幅広い層のファンが楽しめそうなプログラムに、たしかな手ごたえを感じながら本番に臨む。
「大衆性を組み込んで書かれた音楽も、いわゆる芸術作品として書かれた音楽とのあいだに優劣はないと思うんです。コルンゴルトや武満さんも映画音楽を書いていますね。
良い音楽にはしっかりとした普遍性があります。冨田先生の作品が日本の音楽遺産として受け継がれるべきものであることを、みなさんと一緒に認識していけたらいいなと思っています。
アジア オーケストラ ウィークの4公演はどれも、こういうシリーズでないと聴けないプログラムばかり。日本を含めて、アジアにルーツを持つ作曲家の、それぞれの国の文化、それぞれの時代に興味を広げていただくのも素敵なことだと思いますし、そういうところからオーケストラの音楽に興味を持っていただけたらうれしいなと思います。東京オペラシティは、響きに包まれる感覚が味わえる素敵なホールなので、ぜひオーケストラの迫力ある音、多彩な音色に身を委ねてください」
https://www.orchestra.or.jp/aow2021/