明日を担う音楽家たち 2023
~新進芸術家海外研修制度の成果~
文化庁は昭和42年から若手の芸術家を海外に派遣する「新進芸術家海外研修制度」(旧芸術家在外研修制度)を実施しており、これまで約3,700名を超える芸術家、研究者が研修を受けた。音楽分野では約1,150名がイタリア、ドイツ、フランス、オーストリアなどで学んだ。過去の研修生としては指揮の大野和士、飯森範親、下野竜也、ヴァイオリンの諏訪内晶子、テノールの福井敬、ソプラノの森麻季、ピアノの萩原麻未など、日本を代表するアーティストが並ぶ。
その研修の成果を披露するコンサート「明日を担う音楽家たち」が2月8日水曜日、東京オペラシティコンサートホールで開催された。今 年は平成30年度から令和3年度までの研修員4人が登場し、自分たちが選曲した協奏曲 を演奏した。オーケストラは新日本フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター崔文洙)、指揮はセントラル愛知交響楽団常任指揮者および仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務める期待の俊英、角田鋼亮。司会は田添菜穂子が担当した。
チェロ 三井 静
最初は、平成30年度の研修員三井静(みついしずか)が、ハイドン「チェロ協奏曲第2番ニ長調」を披露した。三井は桐朋学園大学ソリストディプロマコースを経て、ザルツブルク・モーツァルテウム大学、ウィーン市立音楽芸術大学で学ぶ。第80回日本音楽コンクール、エンリコ・マイナルディコンクール第1位など国内外のコンクールに入賞し、現在はミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団のチェロ奏者として活躍している。
三井は、モーツァルテウム大学で、クレメンス・ハーゲン教授のもとで学んだ。理由は『ハーゲン弦楽四重奏団のチェリストのハー ゲンの下で勉強したかった。ドイツ語圏の空気を感じたかったから』とのこと。今後の抱負は『音楽が持つ人間的な深みも伝えられる演奏家になりたい』と語る。作品について、『ハイ ドンは好きな作曲家。古典らしいリリカルさとチェロの明るく澄んだ高音のコンビネーションが魅力』と言う。
ハイドン:チェロ協奏曲第2番ニ長調
角田&新日本フィルの柔らかな響きをバックに、三井は古典様式にのっとった品格のある演奏を展開した。第1楽章は木が香るようにフレッシュで温かな音で主題を弾き、細やかに装飾を加えていく。高音は洗練された美しさ
があり、重音もきれいに響く。第2楽章アダージョは繊細で、主題を息長く歌い上げた。第3楽章は伸びやかに丁寧に弾いていく。チェロの技巧的なエピソードも安定している。短いカデンツァの後、チェロの快活な動きとともに鮮やかに締めくくった。
サクソフォーン 袴田 美帆
続いて、令和3年度の研修員、袴田美帆(はかまだみほ)がトマジ「サクソフォーン協奏曲」を演奏した。袴田は神戸大学国際文化学部在学中、パリ第7大学人文芸術学部へ1年 間の交換留学、同時にパリ地方音楽院に入学し、ルマリエ・千春に師事。その後パリ国立高等音楽院サクソフォーン科に入学し、クロード・ドゥラングル教授に学んだ。第8回ナント国際サクソフォーンコンクール第1位ほか国際コンクールに入賞。現在パリ国立高等音楽院室内楽科、即興科に在籍、イタリア・レッチェ音楽院の講師アシスタントとして研修中。
パリを選んだ理由と今後の抱負について『芸術の都パリへの憧れがあった。神戸大学でアートマネジメントを学んだ経験を芸術と社会を繋げる活動に生かしたい』と語り、曲については、『オーケストレーションが美しく迫力があり、幻想的で物語のような作品』と言う。
トマジ:サクソフォーン協奏曲
袴田は、フランス音楽にふさわしい明るく華やかなサクソフォーンを披露した。第1楽章はアンダンテの主題を滑らかに歌う。アレグロでは4分の5拍子のリズムに乗せ、闊達に演奏。ミステリオーソでのカデンツァが幻想的だった。第2楽章は活発に動くオーケストラをバックに、乗りの良い演奏を繰り広げていく。最後はオーケストラとともに加速しながら、極彩色の壮大なクライマックスを築いて演奏を終えた。
ファゴット 長 哲也
後半最初は、令和元年度の研修員、長哲也(ちょう てつや)がヴィラ=ロボス「7つの音のシランダ~ファゴットと弦楽合奏のための~」を演奏した。長は東京藝術大学音楽学部器楽科卒業後、リヨン国立高等音楽院大学院修了。第30回日本管打楽器コンクールファゴット部門第2位。藝大卒業と同時に東京都交響楽団の首席ファゴット奏者に就任した。
長はリヨン国立高等音楽院大学院で、カルロ・コロンボ教授(リヨン国立オペラ管弦楽団首席ファゴット奏者)に学んだ。海外研修にチャレンジした理由を『オーケストラ奏者として新たな課題が見えてきたときコロンボ先生と出会い、音楽性、人柄に感銘を受け、留学を決意した』と語る。
曲については、『フランスに関わりのある作曲家の作品を選んだ。ブラジルからフランスに渡ったヴィラ=ロボスの姿が自分と重なる』と話す。
ヴィラ=ロボス:7つの音のシランダ~ファゴットと弦楽合奏のための~
シランダは輪になって踊るブラジルの伝統音楽。ドレミファソラシの7つの音で始まる約9分の短い作品。
前奏に続き、長がまろやかに7つの音の主題を吹く。3連符4連符もスムーズ。ピウ・モッソでは懐かしさを感じる旋律を柔らかく吹く。ワルツでは滑らかに歌った。コントラバスの上で吹くミステリアスな旋律は味わいがあった。ヴァイオリンとファゴットが絡み合いながら進行する部分は抒情味が豊か。最後は7つの音階を静かに吹き、終止音ドを長く伸ばして終えた。ファゴットの多彩な表情を生かした若々しい演奏が爽やかだった。
ピアノ 大崎 由貴
コンサートの最後は、令和2年度の研修員大崎由貴(おおさき ゆき)がラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」を弾いた。大崎は東京藝術大学音楽学部をアカンサス音楽賞、藝大クラヴィーア賞、同声会賞を受賞し卒業、第18回東京音楽コンクール第2位(最高位)、ポゴレリチが審査員長の第4回マンハッタン国際音楽コンクール特別金賞など、国内外のコンクールに入賞。現在東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校で非常勤講師を務めている。
大崎はザルツブルク・モーツァルテウム大学で、ジャック・ルヴィエ教授に学んだ。その理由と今後について『修正しきれずにいた課題をルヴィエ先生が一瞬で見抜き、求めた方向へ導いて下さり留学への心が決った。今後は様々な出会いや経験で得たことを音として表現できる音楽家になりたい』と語る。
ラフマニノフを選んだのは『感動的な名曲を自分らしく表現し、お客様と一緒に楽しみたい。ラフマニノフ生誕150周年をお祝いしたかった』と話す。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調
第1楽章冒頭の和音が豊かに鳴り響く。第2主題は優しく歌う。再現部の夢見るような表情がロマンティック。第2楽章中間部から後半にかけては特に素晴らしく、輝きのある音色、繊細な表情と歌心で、ラフマニノフの旋律美、ハーモニー、抒情性を見事に表現した。第3楽章の第2主題の壮大な再現でも管弦楽に埋もれることなく、スケールの大きな演奏を展開した。速度を増してコーダに突入し、オーケストラと一体となり、雄大に演奏を終えた。
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:角田鋼亮
コンサートを通して、協奏曲の指揮に定評のある角田鋼亮と新日本フィルの温かく丁寧な演奏が光っていた。ソリスト達にとって頼もしい存在だったに違いない。最後に司会の田添菜穂子が出演者全員を舞台に呼び寄せると、会場を埋めた聴衆から、盛大な拍手が送られた。これからの彼らのますますの活躍を祈るとともに、ステージでの演奏に触れる機会を楽しみに待ちたい。
主催 文化庁、公益社団法人日本オーケストラ連盟
取材・文=長谷川 京介(音楽評論家)写真=藤本 史昭
2023年3月31日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.110 38 ORCHESTRAS」より