オケ連ニュース

アジア オーケストラ ウィーク 2022 コンサートレビュー

文:音楽ジャーナリスト 渡辺 和  写真:藤本 史昭
 アジア オーケストラ ウィーク 2022 コンサートレビュー   文:音楽ジャーナリスト 渡辺 和  写真:藤本 史昭 | オケ連ニュース | 公益社団法人 日本オーケストラ連盟

震災後からコロナ禍後へ

 現在のような歴史記述がこの先も存在するなら、2020年春節頃からウクライナ戦争勃発までのまる2年間のコロナ禍は「100年前の第1次大戦にも等しい社会変革の契機」として記録されよう。人と人との交流を絶ち通信テクノロジーで埋めようとした過去に例のない壮大な社会実験は、明らかに世界を変革した。オーケストラもクラシック音楽も、当然ながら、コロナ前と同じでいられる筈がない。
 2022年も文化庁芸術祭主催公演「アジア オーケストラウィーク(AOW)」は、3年ぶりに海外オーケストラを招聘し、東京オペラシティコンサートホールで開催された。10月5日の初日マニラ交響楽団開演を前に、長く暑すぎた夏も流石に終わった夕方のオペラシティのあちこちでは、些か寒すぎるTOKYO2022と記された揃いのツアーTシャツの上に慌てて1枚羽織った団員らが、カフェで腹ごしらえをしコンビニの列に並んでいる。コンサートホールには日常の賑わいが戻り、秋の祭りも帰ってきた。
 期せずして環太平洋圏をマニラ、那覇、ソウルとぐるりと北上する形となった今年のAOWだが、2011年のクライストチャーチ交響楽団と仙台フィルとの両大地震被災地オーケストラによる合同公演以降の恒例となっていた東北公演は、開催されない。復興五輪も終わり、「復興支援」が歴史のひとつ向こうのページに納まり、新しい時代が始まっている。

10月5日(水) マニラ交響楽団

MSO.jpg

指揮/マーロン・チェン
チェロ/ダモダール・ダス・カスティージョ
■ルシオ・サン・ペドロ:ラヒン・カユマンギ
■エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 作品85
■プロコフィエフ:バレエ組曲「ロメオとジュリエット」
(マーロン・チェン セレクション)

マーロンチェン2.jpg指揮/マーロン・チェン

ダモダール2.jpgチェロ/ダモダール・ダス・カスティージョ

アジアのルーツからの新たな風
 アジアのクラシック音楽史、とりわけ19世紀後半以降列強の帝国主義侵出期の演奏史を紐解くと、スペイン統治下からアメリカ領となるフィリピンという島々が演奏家を各地に輩出してきた役割の重要さに気付かざるを得ない。
 フェスティバル開幕を飾ったルシオ・サン・ペドロの交響詩《ラヒン・カユマンギ》は、そんな歴史をコンパクトに音で綴ったフィリピンの名刺のような作品。 何処も同じコロナ禍で演奏会はなく、今回の来日前におそるおそる活動再開という状況のマニラ響だが、最後に高らかに鳴り響く馴染みの民衆歌に向け、すっかり体に入った音楽が楽しそうに奏でられる。
続いてチェロを抱え登場したダモダール・ダス・カスティージョは、ザルツブルクで学ぶティーンエイジャー。 南国の情熱とはちょっと違う若い感性を披露したあと、フィリピンの名ジャズシンガーのフェイ・ミラビテの作品を弾きながら歌うという今時の欧州オシャレ系演奏家顔負けの鬼才っぷりを見せ、この国の演奏家の層の厚さを感じさせる。
 台湾系指揮者マーロン・チェン監督自らが編纂したプロコフィエフ《ロミオとジュリエット》は、しっとり歌い込む叙情的な場面を多く拾い、強烈なリズムの饗宴に終わらせない。アンコールのルイ・オカンポ《君のための時間》では、コンサートマスターが立ち上がりノリノリのソロを聴かせ、ポップスからシリアスまで高い水準でこなす職人芸を見せた。 洋楽がしっかり社会に根付いているこの国の底力を、あらためて確認させてくれる晩となった。

10月6日(木) 琉球交響楽団

かぎやで風2.jpg

指揮/大友直人
沖縄伝統音楽、琉球舞踊/沖芸大琉球芸能専攻OB会
ピアノ/萩原麻未
■中村 透:かぎやで風
~琉球古典音楽、古典舞踊とオーケストラのための~
■萩森英明/黄金の森で (沖縄本土復帰50周年に寄せて)
[琉球交響楽団委嘱新作]
■ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
■チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

大友2.jpg指揮/大友直人

萩原.jpgピアノ/萩原麻未

ローカルだから出来ることとローカルを越えること
実質上の環太平洋音楽祭日本代表は、本土復帰半世紀の沖縄から初登場の琉球交響楽団である。 今世紀に入るや設立され、指揮者大友直人の献身的な尽力でプロとしての活動を続け地力を付けつつあるオーケストラがまず示したのは、独自の音楽芸術文化を持つ島としてのアイデンティティであった。

 北海道に生まれ本土復帰直後から沖縄に移住、琉球大学で多くの人材を育てるばかりか、地域に根付いた公共文化ホール運営のプロデューサーとして日本中に知られた作曲家中村透が、沖縄伝統音楽及び舞踊と現代オーケストラのコラボをやっつけ仕事のイベントで終わらせない作品として創り上げた《かぎやで風》は、 この伝統音楽本来の慶事の言祝ぎという目的で初台のステージを飾る。 民族衣装に民俗楽器で参加した沖縄県立芸術大学琉球芸能専攻OB会と共に、沖縄アンバサダーとしての役割に留まらず、21世紀ポストモダン創作のひとつのあり方を力強く提供する。
ポストモダンという意味では、団の委嘱で本土復帰半世紀に寄せて作曲された萩森英明の新作《黄金の森で》は、極めて興味深かった。 沖縄復帰後の東京生まれ、東京藝大出身ながら所謂「現代音楽」の閉鎖された世界ではなく、ゲーム音楽などでも活躍する作曲家を敢えて起用。 戦後前衛の難解さや自己撞着とは無縁に、通常編成のモダンーオーケストラの響きに沖縄自然賛歌を展開、今後の楽団にとっても貴重な楽譜となろう。 後半はラヴェルとチャイコフスキーで、「地方都市オーケストラ」としての実力を開示。 沖縄だから出来ることと、沖縄でも出来ることを、東京の聴衆にじっくり聴かせた。

10月7日 KBS交響楽団

kbs_tw.jpg

指揮/ユン・ハンギョル
ヴァイオリン/キム・ボムソリ
■ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
■ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
■ユン・イサン:交響曲第2番

ハンギョル2.jpg指揮/ユン・ハンギョル
ボムソリ2.jpgヴァイオリン/キム・ボムソリ

生まれ変わった老舗
復活AOWの最後を飾ったのは、今や東京と並ぶ東アジア地域クラシック音楽中心地ソウルの老舗、KBS響久々の登場である。 前回の来演からの15年の間に、後に大統領となる李ソウル市長の肝煎りで世界的指揮者チョン・ミュンフンを招き団員と組織を総入れ替えしたソウル市響が、ソウルフィルとして世界的オーケストラとなる活躍ぶりを横目で見ていた老舗が、全く生まれ変わった団体として再登場である。 団員はソウルフィル同様に若く「弾ける」女性弦楽器奏者ばかり、かつての重厚なオジサン軍団の影すらないフレッシュで機能的な、現在の在京オーケストラ同様の世界トップクラスのヴィルトゥオーゾ集団である。
指揮台に上がるのも、まだ28歳でドイツの劇場などで活動を始めたばかりのユン・ハンギョル。韓国人音楽家の世界進出が話題になった今世紀初頭世代の後、平和な経済大国で育った若者である。 劇場を良く知るポイントを押さえた《こうもり序曲》で始まった演奏会、続くブルッフの独奏は日本でも仙台コンクールでお馴染みのこの国が生んだ最も若いヴァイオリンのスター、キム・ボムソリが美音を振り撒く。

 そして、この演奏会のみならず今年のAOWのハイライトとなったのが、ユン・イサン交響曲第2番である。 指揮者から団員まで、ほぼ全てがこの作曲家の背負った苦悩を歴史としてしか知らない新世代に拠る純粋に音楽的な再現で、この韓国人が池内門下から戦後西側前衛を経て辿り付いた極めて独特にして普遍的な響きの世界を、理想的に描き出す。 21世紀の韓国オーケストラと指揮者にとって、ユン・イサンという作曲家の存在が貴重な財産となり得ると宣言する名演となった。

2022年11月30日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.109 38 ORCHESTRAS」より


現在、アジア オーケストラ ウィーク 2022の演奏の様子をYouTubeにて公開しています。
是非ご覧ください。

AOW2022配信用バナー.png