コロナ禍で目覚めたオーケストラ
2019年、大合唱を伴うシェーンベルク「グレの歌」に在京の3団体が挑んだことは、日本の楽団のレベルの高さを世界に示す「事件とでもいうべき出来事だった。この年の年末回顧に、私は「日本のオーケストラは今や、世界へと発信するに足る『日本の文化』である」と書いた。年明けからほどなく、そんな充実期にあった日本の楽団のみに未曽有のウイルスが「待った」をかけることになるとは、その時は誰も予想していなかったはずだ。
中国・武漢で新型コロナウイルスが検出されてから1週間後の1月16日、国内初の感染者が報告される。そこから暗転までの時間はあまりにも短かった。下旬には市場のマスクが底を突く。そして2月26日、国からスポーツ・文化イベントに対する2週間の自粛要請が出される。国の責任による「命令」ではなくあくまで「要請」ということで、最終的な判断は個々の楽団に委ねられた。オーケストラ界の様々な現在の試練は、この日から始まった。
判断が分かれたのは当然のことだ。3月、大阪交響楽団は昼夜公演を敢行したが、九州交響楽団は16年ぶりの東京公演を断念。東日本大震災の直後に矜持を持って公演を敢行した日本フィルハーモニー交響楽団も、今回は観客の安全と演奏の質、その両方を守れるかどうかを判断できる情報があまりに少なく、中止を決めた。内部留保がなく、収益力も弱い楽団にとってチケット収入は命綱だ。税制優遇を得られても、利益を蓄積しておくことができない公益法人の制度も、ここにきて不測の事態に対応できないジレンマの源となる。
しかし、かような状況下で各楽団が下していく判断は、それぞれのオーケストラ固有の「顔」をかつてなく明瞭に映し出すものとなってゆく。ソーシャルディスタンスを意識した配置により、プログラミングによる個性を打ち出すのが難しくなるなかで、大阪フィルハーモニー交響楽団は従来の16 型を守り続けた。譲れぬ何かを見いだすことが、どの楽団にとっても再起の礎となったことは疑いない。それぞれの楽団が築いてきた社会との関係も、寄付や協賛の申し出などにより可視化され、質実ともに明日への一歩を促す羅針盤となった。大野和士と東京都交響楽団のタッグに続き、業界団体でつくる「クラシック音楽公演運営推進協議会」は7月、大規模な飛沫感染リスク検証実験に臨んだ。自分たちを特別だと思うことなく、社会に対して自分たちの基準を示し、理解を得てともに歩み直したい。そんな、一般の人々に向けての原点回帰の宣言だった。大野のみならず、高関健、広上淳一、沼尻竜典といったベテランから鈴木優人や原田慶太楼といった若手世代まで、日本人指揮者たちの獅子奮迅の仕事ぶりも、日本の音楽界への新たなビジョンの提案に満ちていた。
演奏家と聴衆、コロナ禍をともに体感した両者にとって、演奏会はもはやルーティンにはなりえない。密度の濃い演奏との一期一会は、コロナ前よりもむしろ増えたと言っていい。この縷々たる、しかし、確かな連携の感触は、疑いなくこれからの日本のオーケストラ界の希望だ。しかし、文化の現場全体に生まれた様々なフェーズの亀裂は、オーケストラ界にとってもはや見過ごすことのできないものになりつつある。ロックの音楽フェスが突然中止を言い渡されたり、アマチュア楽団の多くが活動を継続できなくなったり。そんななかで、「やっぱりクラシックは権威だから恵まれてるよね」とささやかれるケースが増えているのは、残念ながら事実だ。
ひとつの生命体としてのオーケストラの営みの意義を、いまいちど社会と共有する。この未来への一歩を、今こそ真剣に踏み出さなくてはいけないのではないかと私は強く感じている。「国から助成をもらっているから、言いたいことがあっても言えない」とこぼす声を、この1年、私はオーケストラの業界の人たちから少なからず聞き続けてきた。しかし、それは本来、逆なのではないか。その助成の原資を払っている一般の人たちのためにこそ、オーケストラを、音楽という文化を、皆さんが人生を懸けて育ててきたのではなかったか。
この1年、文化庁はそうした楽団の訴えに耳を傾け、様々な公演の実現の一翼で在り続けてきた。ならば、日本のオーケストラのあるべき未来を語り、議論する土壌も、かつてより整っているとみていいだろう。オーケストラ側の思いを束ね、社会とオーケストラの関係性のビジョンが見える施策を提示し、堂々と国と対話する。オケ連が、今こそそうした中枢としての役割を果たしてくれることを望みたい。真に多様で豊かな社会を象徴する存在として、日本のオーケストラ界が次なる充実の時期を迎える日が来ることを心から祈っている。
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.105 38 ORCHESTRAS」より