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地域に芸術が根ざすということ
~アートキャラバン事業を通じて見えてきたもの~

日本オーケストラ連盟 竹内 淳
 地域に芸術が根ざすということ~アートキャラバン事業を通じて見えてきたもの~   日本オーケストラ連盟 竹内 淳 | オケ連ニュース | 公益社団法人 日本オーケストラ連盟

今回は、「日本オーケストラ連盟ニュース38 ORCHESTRAS Vol.110」に掲載しているアートキャラバン事業についての記事をお届けいたします。当連盟の事務局長 竹内が実際に「オーケストラ・キャラバン」の現場に行き、感じたこと、考えたことを記した記事です。

「オーケストラ・キャラバン」は、文化庁のアートキャラバン2(統括団体による文化芸術需要回復・地域活性化事業)により開催されており、3年目を迎える2023年度は、のべ100回以上の公演が予定されています。
日本オーケストラ連盟に加盟する32のオーケストラが各地をめぐり、全国に「生」の音楽の魅力をお届けします♪

公演の一覧は、オーケストラキャラバン特設サイトから見ることができます。ぜひお近くの公演を探してみてください。

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 新型コロナウイルス感染症の存在が確認されてから丸3 年が経った。この間、人の移動は制約を受け、イベントの開催も不自由な状態が続いていた。
 ここにきて、ようやく出口が見えてきた感があるが、コロナ禍で受けたダメージが回復するには、もう少し時間がかかるのかもしれない。

⓵劇場が元気な時代

 古い話になるが、1970 年代から2000 年の初めごろの間、「文化庁移動芸術祭」という事業が行われていた。これは都市部で活発に開催されている舞台芸術作品を地方でも上演するというもので、地方公演を行いたい芸術団体と、芸術団体を呼びたい劇場を国が結び付けて公演を実現する形をとっていた。
 地域の劇場は一定の割合で国の支援を受けて舞台芸術作品の上演を「主催」することができ、芸術団体にとっては経済的負担なく地方に出てゆく貴重な機会となっていた。
 チケットは地域の書店やレコード店などで購入でき、駅前の商店街のあちこちに公演の「ポスター」が貼ってあった。事前に開催する劇場を訪問してみると、選挙カーさながらに大きな看板を括り付けたホールや自治体の広報車が町中を移動して、派手にチケット販売を宣伝している場面に出会うことも多かった。
 国の支援のある移動芸術祭だけでなく、中小都市の劇場は街の規模によって数の差こそあれ、主催公演を打つ余裕があった。

⓶アートキャラバン事業に寄せる期待

 移動芸術祭は残念ながら現在は行われていない。地域の劇場は予算の縮小から、自主事業の数が極端に減ってしまうか、あるいは自主事業そのものが行われなくなった劇場もある。ことにオーケストラのような、ある程度の経費が必要な事業を自主公演で手掛ける劇場は減っている。
 そのようななかで、アートキャラバン事業を通じて、当連盟の加盟オーケストラも、中小都市の劇場に出かけていくことができた。
 アートキャラバンを手掛けるオーケストラは、開催する劇場もチケット販売や広報に協力し、ただ単に「貸館」の公演とならないよう働きかけることを心がけた。
 しかしその中で浮き彫りになったのは、公演の開催に求められるノウハウを持たなくなってしまった劇場が少なくないということだった。劇場が主催する事業のチケットは扱えるが、貸館公演のチケットは自治体との契約上扱ってはいけないことになっている「指定管理者」もあるという。
 さらに、そもそも職員の数が限られていて、貸館公演の業務にまで時間を割くことができないということもある。
 一方で、全国にはハード的にはオーケストラ公演に理想的な素晴らしい劇場も存在する。
 私は東北地方のあるホールをアートキャラバン事業で訪ねた。そこは県の中心部からは車で1 時間、鉄道では1 時間以上離れた場所にある、おととしオープンしたばかりの新しい劇場で、美しい外観、広々とした明るいロビー、広い舞台をもつ、たいへん「おしゃれ」な建物である。
 この劇場をオーケストラキャラバンで訪れたオーケストラの担当者によると、チケット販売のために市内のあらゆる組織に声をかけたとのこと。教育委員会、市内のアマチュア・オーケストラはもとより、思いつくあらゆるルートを探ったそうだ。
 公演は残念ながら満員とまではいかなかったが、いわゆる「ぱっと見入っている」(=結構たくさんの観客が来ている)状態だったと思う。
 ホールの支配人にお話を伺ったが「とにかくいまはなんとかオープンにこぎつけて、ようやく1 年間経ったという状態。なにもかも手探りだった。やらなければならないことはたくさんあって、ホールに人を集めて今日のような素晴らしい公演を自分たちが行うのはこれから。」と話していた。
 たしかに新しい劇場に人の流れができるまでは、それなりの時間がかかる。また劇場運営に携わる人たちのエネルギーも必要だ。
 しかし、私が肌で感じたここでのオーケストラ公演の聴衆の熱心な姿を見ると、地道に公演を提供し続けていくことができれば、聴衆は少しずつでも着実に増えていくのではないかと思う。

⓷聴衆のニーズ

 もうひとつ私がアートキャラバンで訪れたホールは都内から1 時間ほど電車に乗った距離にあり、年間の自主事業の数も少なくない。
 アートキャラバンのオーケストラ公演は、公演数日前に完売となった。
 ホールの事業担当の方にお話を伺ったが、予算の面で苦労されていることがうかがえた。「限られた予算を効率的に生かすには、クラシックではリサイタルや室内楽が中心となり、オーケストラはとても呼べない。しかし、公演前から市民からは期待の声が寄せられ完売となった。多くの市民が満足した表情でホールを後にする姿を見ると、オーケストラ公演を開催できる予算を市に確保してもらうよう働きかけなければいけない気がする。」と語っていた。
 アートキャラバンの生んだ効果はこの点なのかもしれない。
 久しくオーケストラ公演を手掛けていなかった劇場が、オーケストラ公演を開催したことによって、聴衆が求めているものに改めて気づかされること。そして1回限りではなく、それが継続して行われることによって、徐々にその地域に市民が芸術に触れるという行動が醸成されること。
 これこそが、実演芸術を地域に根付かせるということにつながってゆくのだと思う。

 コロナ禍によって生まれたアートキャラバン事業は、時限的な性格の事業ではあるが、2023年度は実施することになった。少しでも多くの劇場が、市民の実演芸術に対するニーズを感じ取っていただければと思う。

2023年3月31日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.110 38 ORCHESTRAS」より