英国オーケストラ連盟年次総会から
英国オーケストラ連盟(ABO)による年次総会が 2月1日~ 3日、イングランド北部の街リーズで開催された。同市に活動拠点を置くオペラ・ノースがホストとなり、オーケストラ関係団体(65)、会場関係(16)、教育機関(12)、公的機関(8)、メディア&出版(7)、音楽事務所(5)、チャリティ団体(5)、その他も含め総勢 374 人が現地とオンラインで参加した(括弧内は団体数)。
昨年は「Rebound」(再起)をテーマに平等性、多様性と社会包摂に焦点が当てられた(詳細は日本オーケストラ連盟ニュース Vol.107 を参照)。今年掲げられたテーマは「United」で、まさに文字通り、英国にとっての2022 年は音楽領域を飛び越えたエキスパートらが専門分野を横断して団結した年であり、オーケストラの新たな可能性を切り拓かんとする共同プロジェクトの実施報告や、オーケストラが活用できるビジネス戦略などが語られた。
オーケストラと専門家とのコラボレイト
オーケストラと専門家が共同で行ったプロジェクトとして、マンチェスター・カメラータとBBCフィルハーモニックの 2 例が取り上げられた。
マンチェスター・カメラータの例では、対面の生演奏と録音のデジタルを体験す ることにどんな違いがあるのか、それを査定することはできるのかを実験するため、 音楽心理学の専門家と一緒に国立の研究センターより助成プログラムを勝ち取って実施したことが報告された。実験では脳が録音よりも生演奏を積極的に聴いていることが世界で初めて数値レベルで証明さ れた。
BBCフィルハーモニックの例では、BBC ラジオ 3 と英国芸術・人文リサーチカウンシル(AHRC)の音楽学者による新レパート リー発掘プロジェクトが報告された。演奏会で演奏されたことの無い作曲家の作品を取り上げるもので、2022 年は 3 作品の初演が実現。クラシック音楽の領域を広げ、幅広い聴衆から共感を得ることを目的にインクルージョンの一環として行われている。
https://twitter.com/SophieLewisNCO/status/1621532490606252035 Sophie Lewis氏の公式Twitterより
来場者数減少、資金不足、 存在価値の低下に対して
既存ビジネスを参考に文化芸術組織に必要な経営戦略を追求しようと呼びかけたのが、元カリフォルニア交響楽団専務取締役で組織運営に悩む文化団体への提言を行っているオードリー・ベルガウアー氏。「営利追求に抵抗を感じるかもしれないが、2019 年時点で英国音楽業界は 58 億ポンド(約 9,500 億円)も経済に貢献しており、芸術は立派なビジネス。顧客満足度の高い公演を提供し続けるための資金獲得が大事だ」と語った。オーケストラ業界が抱える問題として、来場者数減少速度の加速化と資金不足、顧客に提供する価値の低下が挙げられ、その原因として消費者行動に変化が起きているほか、業界特有の思考傾向として物事を勝ち負けで判断しがちなスケアシティマインドセットと、業界内外の有用なデータを十分に活用しきれていない “ 島国的思考 ” の指摘があった。顧客を定着させ十分な収益を得るための戦略としてベルガウアー氏が取り上げたのが、ユーザー体験、デジタルコンテンツ、アドボカシーの 3 分野である。
ユーザー体験 ~“氷山の一角”を 水面下に追いやらない~
オーケストラに関わりを持った “ 水面上 ”の顧客が水面下に行く率は、1 回券購入者の 90%、寄付者の 80%、定期会員の 50% である。言語教育アプリ「デュオリンゴ」も同様で、ユーザー数は 5 億人いるが実際の水面上ユーザーは 4,000 万人で全体の 8% である。
ユーザー体験調査から不満要素として「圧倒された感覚」「過度なアップセル」「マイルドな羞恥心」が判明しており、ベルガウアー氏がカリフォルニア響時代に行ったユーザー体験調査の結果と酷似していることに着目した。「圧倒された感覚」は「音楽用語が分かりづらい」、「過度なアップセル」は「執拗な勧誘」、「マイルドな羞恥心」は「拍手のタイミングを間違え指摘された」などである。デュオリンゴとカリフォルニア響はマインドセットとデータの活用を実践し、ユーザー体験の向上を優先したことにより、水面上の顧客定着率を30% にまで向上させた。
デジタルコンテンツ
~着地点はアナログの購買行動~
デジタル体験が顧客の購買行動を促している例として、米国で急成長しているサ ブスク型オンラインフィットネスサービス「ペロトン」が挙げられた。インストラクターの発信力を利用して会員数を増やし、入会当初はマシンを所有していないユーザーがその後商品を購入しているケースが多い。デジタルの着地点はアナログの購買行動である。
アドボカシー ~価値観を行動に~
アドボカシーとは組織が自らの価値観に基づいて起こす行動のことで、「ユニリーバ」が持続可能な生活を支持しているのがその例である。「営利・非営利関係なくアドボカシーは組織の原動力。そして芸術は社会をより良くするための原動力。戦略を取り入れる目的は資金を確保するためだけでなく、最終的に我々の活動と価値に賛同してくれる人々を繋ぐこと。我々にはその実現に必要なベース(市場規模)が既に整っている」。
Trial and Error to Advance - 前進のための試行錯誤
新しい試みへの挑戦に大事なのは、リスクや失敗を恐れず行動を起こすこと。人々の行動に変化をもたらすという意識を絶やさないこと。我々オーケストラが大事にしたい価値観を認識し、外部へ発信すること。そのために別のプロフェッショナルたちとの共同作業もあれば別組織からの学びもある。一歩を踏み出すための勇気が欲しいと不安になるかもしれないが、我々には行動を起こすための必要なベースが既に備わっている。そのベースをどう活かすかがこれからの前進にかかっているのだし、動かなければ何も始まらない。
講演者の共通した主張に “ データ分析の重要性 ” があったことは興味深い。音楽を通じて社会をより良くしたい。その実現のためには今まで見えてこなかった現実と向き合うことが大事であり、より現実を知るためにオーケストラ業界内外での「団結」が必要なのだということが本総会のメッセージだった。
https://twitter.com/ISM_music/status/1620819114339
インディペンデント・ソサイエティ・オブ・ミュージシャンの公式Twitterより